◆◆◆◆◆
「……おかしいだろ、これ」
遥は荒い息をつきながら、神官たちを睨みつけた。
聖女として召喚されてから、痛みの共有 という過酷な契約に苦しめられている。
コナリーの無茶な「契約確認」と称した自傷行為によって、遥は何度も地獄の痛みを味わってきた。
だが、ふと周囲を見渡せば――
他の聖女たちは優雅に、攻略対象たちとイチャイチャしていた。
「これ……おかしくね?」
遥は現実を直視し、さらに怒りが込み上げてきた。
他の聖女たちは、王子や魔法使いたちと楽しげに談笑しながら、「痛みの共有」の確認を行っていた。
方法は、せいぜい肌を摘む程度。
「大丈夫? 痛くなかった?」
「うふふ、こんなの全然平気ですよ♪」
「君の痛みを僕も感じられるなんて、なんだか特別な気がするね」
まるで恋愛イベントのような雰囲気だ。
微笑み合う聖女と攻略対象たち。
そこには痛みも苦痛もない。
ただただ、甘い空気 だけが流れていた。
一方――遥は 地面を転げ回りながら、悶絶している。
「……どう考えても、おかしいだろこの世界!!」
ーーこのままでは死ぬ!
「おい、神官!!」
遥は神官の一人を引き止め、思い切り詰め寄った。
「何故、俺だけこんなに痛い目に遭ってんだ!? 他の聖女たちは、肌を摘む程度で終わってるじゃねえか!!」
神官は冷静な表情を崩さず、遥を見つめた。
「山下様、契約相手に合わせるのが聖女の務めです。」
「……は?」
「コナリー様は戦場で数々の激戦をくぐり抜けるお方。そのため、痛みの共有においても、それに見合う確認が必要なのです」
「いやいや、他の聖女たちは王子とか魔法使いとかと契約してるから軽傷で済んでるだけだろ!? なんで俺だけ全力の痛みテストしてんだよ!?」
「それはコナリー様が戦場に立つ方だからです」
「だから、そういう問題じゃねえんだよ!!」
遥の抗議もむなしく、神官たちは一切取り合わない。
要するに 「契約相手に合わせろ」 という一点張りだった。
遥の契約相手はコナリー・オブライエン。
王国最強の騎士であり、最前線で戦う 「戦闘狂」 である。
つまり、聖女として彼を支える以上、遥も 「それに耐えろ」 というわけだ。
「……クソが……!!」
遥は歯ぎしりしながら、別の方法を考えた。
「……待てよ」
遥は、ふと ゲームの設定 を思い出した。
『☆聖女は痛みを引き受けます☆』では、回復ポーション というアイテムが存在していた。
ゲームでは、戦闘中にポーションを使用することで、傷が癒え、痛みが軽減される仕様になっていたはずだ。
「おい、神官!! ここには回復ポーションとかないのか!?」
遥は再び神官を問い詰める。
すると、神官たちは明らかに 言葉を詰まらせた。
「……そのようなものは……」
「いや、あるんだろ!? ゲームでは普通にあった!! それがあれば痛みが和らぐはずだろ!?」
「……その……」
遥の鋭い追及に、神官たちは明らかに動揺し始めた。
「ふざけんなよ! 何で隠してんだ!? さっさと渡せ!!」
しぶしぶ、神官は小さな瓶を取り出した。
透明なガラス瓶の中に、金色の液体が揺れている。
遥は即座にそれを受け取り、迷わず一気に飲み干した。
「……あれ……?」
先ほどまで 全身を引き裂くような痛み に襲われていたはずなのに、ポーションを飲んだ瞬間、遥の体から スッと痛みが消えた。
むしろ、ふわふわとして気持ちがいい。
「……やばい、めっちゃ楽になった……!!」
遥は、天井を見上げながら、しみじみとポーションの効果を実感した。
まるで、温泉に浸かったときのような 心地よい感覚 が体を包み込む。
「これがあれば、もう痛みなんて怖くない……!!」
しかし――
「やめなさい。」
急に、コナリーの冷たい声が響いた。
「……え?」
遥がポーションの瓶を握ったまま振り向くと、コナリーが真剣な目で睨んでいた。
「それは 依存性のあるポーション です。飲み続ければ、ポーションなしでは生きられなくなります」
「……は?」
遥の手がピタリと止まる。
「聖女の回復力を増強するために作られた薬ですが、常用すると、体が自力で痛みを耐えることができなくなる。
最終的には ポーションがなければ何もできない体 になるでしょう」
「……マジかよ……」
遥は驚愕し、即座にポーションの瓶を投げ捨てた。
ガシャアアン!!
床に転がった瓶が割れ、金色の液体が広がる。
「……詰んだ」
遥は呆然とつぶやいた。
痛みを軽減する方法はない。
契約の解除もできない。
痛みに耐えるしかない。
唯一の希望だったポーションも、依存性があると知り、手を出せなくなった。
「俺、どうやって生き残ればいいんだ……」
遥は頭を抱えた。
「大丈夫です、鍛錬を積めば痛みに耐えられるようになります」
コナリーは相変わらず淡々とした口調で言う。
「十年以上の修行が必要だがな」
「それ、間に合わねえええええええ!!!」
遥の叫びが、また神殿に響き渡る。
――聖女になった異世界生活、完全に詰んだ。
◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆「……はぁ……このままだと、マジで死ぬ……」遥は、王城の片隅でぐったりと壁に寄りかかっていた。全身が痛い。契約を交わして以来、コナリーは 魔王討伐に向けた訓練 を続けていた。王国最強の騎士として、彼の訓練は他の騎士たちとは比べ物にならないほど厳しいものだった。剣の素振り、模擬戦、持久走、魔法対策訓練――朝から晩まで続く過酷な訓練の痛みが、すべて 遥にも共有される。「いやいや、こんなの耐えられるわけねぇだろ……!」訓練の間ずっと耐えるしかない遥とは違い、コナリーは 「痛み? そんなもの関係ない」 と言わんばかりの態度で、黙々と訓練を続けている。――遥が耐えられないのは、これが魔王討伐の本番ではない という点だった。「まだ訓練でこのレベルって、本番になったらどうなんだよ……」戦場では、コナリーは確実にもっと傷を負う。そして、その痛みはすべて遥に伝わる。しかも、遥は 戦場には同行しない。聖女は基本的に王城にとどまり、契約相手の痛みを共有しながら癒やす役目を持っている。だが、戦闘中は 痛みでまともに動けなくなるため、部屋にこもるしかない。つまり――戦場に出る前に、すべての準備を整えておく必要がある。「神官!! 何とかしてくれ!! 俺が死ぬ!!!」遥は 半ば悲鳴のような声で、神官を呼び止めた。「山下様、落ち着いてください」「落ち着けるかよ! 俺、戦場にすら行かないのに、痛みだけはフルで受けるんだぞ!? こんなの無理に決まってんだろ!!」神官は困ったように眉をひそめた。「……以前も申し上げましたが、聖女と契約騎士が心を通わせれば、痛みは和らぐ かもしれません」「マジで!?」「契約は魂の繋がり。互いを理解し、信頼し合えば、精神的な負担が軽減される可能性があります」遥は ゲームの好感度調整を思い出した。このゲームでは、契約者との「好感度」がエンディングに影響を与える要素になっている。ならば、コナリーとの好感度を上げれば痛みも軽減されるはずだ。遥はコナリーの元に駆け寄ると彼に声を掛けた。「……よし、コナリー。デートするぞ」「……?」コナリーは、わずかに眉をひそめた。「デート……ですか?」「ああ。お前と仲良くならないと、戦闘中の痛みで死ぬからな。ついでに、魔王討伐前に必要なアイテムを集める」「……なるほど
◆◆◆◆◆王城の大広間には、優雅な旋律が響き渡っていた。魔王討伐に向かう一行の無事を願うための宴が開かれている。煌びやかなシャンデリアが輝き、装飾の施されたテーブルには贅を尽くした料理が並んでいる。ドレスをまとった聖女たちは、それぞれの契約相手と手を取り合い、舞踏の輪に加わっていた。そんな華やかな光景の中で、遥はひとり浮いていた。「……いや、これは場違いだろ」遥はため息をつきながら、自分の姿を見下ろした。聖女たちは全員、絢爛なドレスに身を包んでいる。だが、男である遥だけは、黒のタキシードを着せられていた。「これじゃあ、どう見ても聖女じゃなくて、ただの騎士じゃねぇか……」もちろん、遥にドレスという選択肢はなかった。だが、こうして並んでみると、余計に異質な存在感を放ってしまう。――当然、舞踏の輪には加われるはずもない。遥は壁際に立ち、周囲の様子を眺めていた。聖女たちは、それぞれの契約相手とともにダンスを楽しんでいる。契約した騎士や王子たちは、彼女たちを優雅にエスコートし、微笑みながら言葉を交わしていた。その光景は、まるで童話の中のワンシーンのように美しかった。そして、遥の契約相手であるコナリーもまた、舞踏の輪には加わらず、遠くで仲間の騎士たちと談笑していた。タキシード姿のコナリーは、いつもの甲冑姿とは違い、洗練された雰囲気を纏っていた。硬派な彼に似合わないかと思っていたが、驚くほどしっくりきている。「……結構、様になってるな」遥は、ぼんやりとコナリーを眺めていた。すると、不意にコナリーがこちらを見た。「……っ」遥は慌てて視線を逸らし、そのまま会場を離れた。---遥は大広間を抜け、バルコニーへと足を踏み出した。外の夜風が、火照った顔を冷やしてくれる。遠くには、月が冴え冴えと輝いていた。「はぁ……」遥は静かに息を吐きながら、夜空を見上げた。そのとき、不意に甘い香りが鼻をくすぐった。「……?」ふとバルコニーの縁から下を覗くと、そこには石畳の階段が続いていた。ゆるやかに降りていくその先には、薔薇の庭園が広がっている。満開の薔薇が、月光を浴びて艶やかに輝いていた。「……こんな庭園があったのか」遥は自然と足を進め、石畳の階段を下りていった。薔薇の香りに包まれながら、庭の中央へと歩みを進める。そして、ふ
◆◆◆◆◆30代後半の疲れ気味なサラリーマン、山下遥は、目の前の光景を呆然と見つめていた。何がどうなってこうなったのか――理解はしている。だが、納得は到底できない。遥は、数人の女子とともに異世界へと召喚された。しかも、「聖女」 という肩書きを与えられ、王国の命運を左右する魔王討伐に関わることになっている。召喚された場所は、乙女ゲーム『☆聖女は痛みを引き受けます☆』の世界。遥は、このゲームをプレイ済みだった。乙女ゲームと銘打たれているが、その実態は RPG部分は妙に作り込まれていて、まるで作業ゲーのようにアイテムを集めなければならない。敵の魔王は圧倒的に強いが、特定のアイテムを全て揃えれば簡単に倒せる仕様になっている。問題は、その アイテム収集に膨大な時間がかかる ことだった。情報を集め、ダンジョンを探索し、一つずつ揃えていかなければならない。まるで作業ゲーのようなプレイ感 で、ゲーム部分だけ見れば妙に完成度が高かった。だが、ここまでがピークだった。魔王討伐を終えると、ようやく恋愛ゲームが始まるのだが――肝心の恋愛部分は手抜きで、頑張った報酬がしょぼい。どのルートを選んでも、似たような展開で、最後には必ずハッピーエンド。ライバルとの駆け引きもなければ、バッドエンドもない。攻略対象ごとの個性は薄く、スチルはやる気のない塗り絵のようなクオリティ。結果、ゲームとしては 「クソゲー扱いされている」 というわけだ。遥はゲームをクリアした経験があるからこそ、この世界のことを知り尽くしていた。そして何よりも――「コナリー・オブライエンとは絶対に契約したくない」これだけは、遥が強く望んでいたことだった。聖女の役目は、契約相手の傷の痛みを共有し、離れた場所から癒やすこと。そのため、契約相手の選択は 「いかに安全な相手を選ぶか」 にかかっていた。聖女たちは召喚された後、教会に閉じ込められ、「聖女の訓練」 を受けることになった。その中で、契約する騎士や王族たちの特徴を教えられ、彼らの戦闘スタイルや役割について学ぶ時間が設けられていた。そして、聖女たちは当然のごとく、最も安全な相手を選ぶよう指導された。王子や魔法使いといった 戦闘にあまり関わらない攻略対象 が人気となり、聖女たちはこぞって彼らを選んでいった。そして、教会の関係者が
◆◆◆◆◆「なるほど、確かに痛みは共有されているようですね」遥が地面を転げ回っている中、コナリーは冷静に腕の傷を眺めていた。自らの剣で斬った傷口は深く、鮮血が甲冑を濡らしている。だが、痛みの共有者である遥のほうが、よほど大袈裟に苦しんでいた。「いやいやいやいや……ッ! 何してくれてんだお前!!」遥は痛みに顔を歪めながら、コナリーを見上げた。「契約の確認です。聖女の能力が問題なく機能するか、試さねばなりませんから」コナリーは当然のことのように言った。「試すなら、もっと軽いやつでやれよ!! なに本気で腕切ってんだよ!!」「軽い傷では、十分な確認ができないでしょう?」「できるわ!! せめて、ちょっと指でつねるとかにしろ!!」遥は呻きながら自分の腕を見た。傷自体はコナリーのものなのに、遥の腕にもまるで同じ傷があるかのように痛みが走っている。皮膚が裂け、血が流れる感覚まで伝わってくるのは、何かの拷問かと思うほどだった。――これ、無理じゃね?遥は絶望的な気持ちになった。これから魔王討伐に向かうのに、契約相手がこんな無茶をする騎士で大丈夫なのか。いや、そもそも こっちのほうが耐えられない。「はぁ、はぁ……! くそ……!」遥は痛みを抑え込もうとしながら、なんとか冷静になろうとした。だが、ひとつだけ確かなことがある。このままでは 戦闘のたびに死にかける。「……とりあえず、早く回復魔法を使わないと」遥は必死に意識を集中させ、聖女としての能力を発動させようとした。契約の説明では、聖女は 「契約相手の傷を回復できる」 ということになっている。「癒しの力よ……!」目を閉じ、契約による神聖な力を呼び起こす。遥の手が微かに温かく光り、コナリーの傷口を包み込んだ。じわじわ……「……遅いですね」コナリーが腕を動かしながら、じっと傷の治りを見つめる。「いや、待て! ちゃんと治ってるだろ!」「ええ、治っていますが……予想よりずいぶん遅い。」コナリーは傷口を確認しながら、ほんの少しがっかりしたような表情 を見せた。「この速度では、戦闘中に負った傷を即座に回復するのは難しいですね……」「いやいやいや、贅沢言うなよ!? 俺、今回初めて回復魔法使ったんだけど!?」「ふむ……」コナリーはしばらく考え込んだ後、遥をじっと見つめた。「では
◆◆◆◆◆王城の大広間には、優雅な旋律が響き渡っていた。魔王討伐に向かう一行の無事を願うための宴が開かれている。煌びやかなシャンデリアが輝き、装飾の施されたテーブルには贅を尽くした料理が並んでいる。ドレスをまとった聖女たちは、それぞれの契約相手と手を取り合い、舞踏の輪に加わっていた。そんな華やかな光景の中で、遥はひとり浮いていた。「……いや、これは場違いだろ」遥はため息をつきながら、自分の姿を見下ろした。聖女たちは全員、絢爛なドレスに身を包んでいる。だが、男である遥だけは、黒のタキシードを着せられていた。「これじゃあ、どう見ても聖女じゃなくて、ただの騎士じゃねぇか……」もちろん、遥にドレスという選択肢はなかった。だが、こうして並んでみると、余計に異質な存在感を放ってしまう。――当然、舞踏の輪には加われるはずもない。遥は壁際に立ち、周囲の様子を眺めていた。聖女たちは、それぞれの契約相手とともにダンスを楽しんでいる。契約した騎士や王子たちは、彼女たちを優雅にエスコートし、微笑みながら言葉を交わしていた。その光景は、まるで童話の中のワンシーンのように美しかった。そして、遥の契約相手であるコナリーもまた、舞踏の輪には加わらず、遠くで仲間の騎士たちと談笑していた。タキシード姿のコナリーは、いつもの甲冑姿とは違い、洗練された雰囲気を纏っていた。硬派な彼に似合わないかと思っていたが、驚くほどしっくりきている。「……結構、様になってるな」遥は、ぼんやりとコナリーを眺めていた。すると、不意にコナリーがこちらを見た。「……っ」遥は慌てて視線を逸らし、そのまま会場を離れた。---遥は大広間を抜け、バルコニーへと足を踏み出した。外の夜風が、火照った顔を冷やしてくれる。遠くには、月が冴え冴えと輝いていた。「はぁ……」遥は静かに息を吐きながら、夜空を見上げた。そのとき、不意に甘い香りが鼻をくすぐった。「……?」ふとバルコニーの縁から下を覗くと、そこには石畳の階段が続いていた。ゆるやかに降りていくその先には、薔薇の庭園が広がっている。満開の薔薇が、月光を浴びて艶やかに輝いていた。「……こんな庭園があったのか」遥は自然と足を進め、石畳の階段を下りていった。薔薇の香りに包まれながら、庭の中央へと歩みを進める。そして、ふ
◆◆◆◆◆「……はぁ……このままだと、マジで死ぬ……」遥は、王城の片隅でぐったりと壁に寄りかかっていた。全身が痛い。契約を交わして以来、コナリーは 魔王討伐に向けた訓練 を続けていた。王国最強の騎士として、彼の訓練は他の騎士たちとは比べ物にならないほど厳しいものだった。剣の素振り、模擬戦、持久走、魔法対策訓練――朝から晩まで続く過酷な訓練の痛みが、すべて 遥にも共有される。「いやいや、こんなの耐えられるわけねぇだろ……!」訓練の間ずっと耐えるしかない遥とは違い、コナリーは 「痛み? そんなもの関係ない」 と言わんばかりの態度で、黙々と訓練を続けている。――遥が耐えられないのは、これが魔王討伐の本番ではない という点だった。「まだ訓練でこのレベルって、本番になったらどうなんだよ……」戦場では、コナリーは確実にもっと傷を負う。そして、その痛みはすべて遥に伝わる。しかも、遥は 戦場には同行しない。聖女は基本的に王城にとどまり、契約相手の痛みを共有しながら癒やす役目を持っている。だが、戦闘中は 痛みでまともに動けなくなるため、部屋にこもるしかない。つまり――戦場に出る前に、すべての準備を整えておく必要がある。「神官!! 何とかしてくれ!! 俺が死ぬ!!!」遥は 半ば悲鳴のような声で、神官を呼び止めた。「山下様、落ち着いてください」「落ち着けるかよ! 俺、戦場にすら行かないのに、痛みだけはフルで受けるんだぞ!? こんなの無理に決まってんだろ!!」神官は困ったように眉をひそめた。「……以前も申し上げましたが、聖女と契約騎士が心を通わせれば、痛みは和らぐ かもしれません」「マジで!?」「契約は魂の繋がり。互いを理解し、信頼し合えば、精神的な負担が軽減される可能性があります」遥は ゲームの好感度調整を思い出した。このゲームでは、契約者との「好感度」がエンディングに影響を与える要素になっている。ならば、コナリーとの好感度を上げれば痛みも軽減されるはずだ。遥はコナリーの元に駆け寄ると彼に声を掛けた。「……よし、コナリー。デートするぞ」「……?」コナリーは、わずかに眉をひそめた。「デート……ですか?」「ああ。お前と仲良くならないと、戦闘中の痛みで死ぬからな。ついでに、魔王討伐前に必要なアイテムを集める」「……なるほど
◆◆◆◆◆「……おかしいだろ、これ」遥は荒い息をつきながら、神官たちを睨みつけた。聖女として召喚されてから、痛みの共有 という過酷な契約に苦しめられている。コナリーの無茶な「契約確認」と称した自傷行為によって、遥は何度も地獄の痛みを味わってきた。だが、ふと周囲を見渡せば――他の聖女たちは優雅に、攻略対象たちとイチャイチャしていた。「これ……おかしくね?」遥は現実を直視し、さらに怒りが込み上げてきた。他の聖女たちは、王子や魔法使いたちと楽しげに談笑しながら、「痛みの共有」の確認を行っていた。方法は、せいぜい肌を摘む程度。「大丈夫? 痛くなかった?」「うふふ、こんなの全然平気ですよ♪」「君の痛みを僕も感じられるなんて、なんだか特別な気がするね」まるで恋愛イベントのような雰囲気だ。微笑み合う聖女と攻略対象たち。そこには痛みも苦痛もない。ただただ、甘い空気 だけが流れていた。一方――遥は 地面を転げ回りながら、悶絶している。「……どう考えても、おかしいだろこの世界!!」ーーこのままでは死ぬ!「おい、神官!!」遥は神官の一人を引き止め、思い切り詰め寄った。「何故、俺だけこんなに痛い目に遭ってんだ!? 他の聖女たちは、肌を摘む程度で終わってるじゃねえか!!」神官は冷静な表情を崩さず、遥を見つめた。「山下様、契約相手に合わせるのが聖女の務めです。」「……は?」「コナリー様は戦場で数々の激戦をくぐり抜けるお方。そのため、痛みの共有においても、それに見合う確認が必要なのです」「いやいや、他の聖女たちは王子とか魔法使いとかと契約してるから軽傷で済んでるだけだろ!? なんで俺だけ全力の痛みテストしてんだよ!?」「それはコナリー様が戦場に立つ方だからです」「だから、そういう問題じゃねえんだよ!!」遥の抗議もむなしく、神官たちは一切取り合わない。要するに 「契約相手に合わせろ」 という一点張りだった。遥の契約相手はコナリー・オブライエン。王国最強の騎士であり、最前線で戦う 「戦闘狂」 である。つまり、聖女として彼を支える以上、遥も 「それに耐えろ」 というわけだ。「……クソが……!!」遥は歯ぎしりしながら、別の方法を考えた。「……待てよ」遥は、ふと ゲームの設定 を思い出した。『☆聖女は痛みを引き受けます☆』で
◆◆◆◆◆「なるほど、確かに痛みは共有されているようですね」遥が地面を転げ回っている中、コナリーは冷静に腕の傷を眺めていた。自らの剣で斬った傷口は深く、鮮血が甲冑を濡らしている。だが、痛みの共有者である遥のほうが、よほど大袈裟に苦しんでいた。「いやいやいやいや……ッ! 何してくれてんだお前!!」遥は痛みに顔を歪めながら、コナリーを見上げた。「契約の確認です。聖女の能力が問題なく機能するか、試さねばなりませんから」コナリーは当然のことのように言った。「試すなら、もっと軽いやつでやれよ!! なに本気で腕切ってんだよ!!」「軽い傷では、十分な確認ができないでしょう?」「できるわ!! せめて、ちょっと指でつねるとかにしろ!!」遥は呻きながら自分の腕を見た。傷自体はコナリーのものなのに、遥の腕にもまるで同じ傷があるかのように痛みが走っている。皮膚が裂け、血が流れる感覚まで伝わってくるのは、何かの拷問かと思うほどだった。――これ、無理じゃね?遥は絶望的な気持ちになった。これから魔王討伐に向かうのに、契約相手がこんな無茶をする騎士で大丈夫なのか。いや、そもそも こっちのほうが耐えられない。「はぁ、はぁ……! くそ……!」遥は痛みを抑え込もうとしながら、なんとか冷静になろうとした。だが、ひとつだけ確かなことがある。このままでは 戦闘のたびに死にかける。「……とりあえず、早く回復魔法を使わないと」遥は必死に意識を集中させ、聖女としての能力を発動させようとした。契約の説明では、聖女は 「契約相手の傷を回復できる」 ということになっている。「癒しの力よ……!」目を閉じ、契約による神聖な力を呼び起こす。遥の手が微かに温かく光り、コナリーの傷口を包み込んだ。じわじわ……「……遅いですね」コナリーが腕を動かしながら、じっと傷の治りを見つめる。「いや、待て! ちゃんと治ってるだろ!」「ええ、治っていますが……予想よりずいぶん遅い。」コナリーは傷口を確認しながら、ほんの少しがっかりしたような表情 を見せた。「この速度では、戦闘中に負った傷を即座に回復するのは難しいですね……」「いやいやいや、贅沢言うなよ!? 俺、今回初めて回復魔法使ったんだけど!?」「ふむ……」コナリーはしばらく考え込んだ後、遥をじっと見つめた。「では
◆◆◆◆◆30代後半の疲れ気味なサラリーマン、山下遥は、目の前の光景を呆然と見つめていた。何がどうなってこうなったのか――理解はしている。だが、納得は到底できない。遥は、数人の女子とともに異世界へと召喚された。しかも、「聖女」 という肩書きを与えられ、王国の命運を左右する魔王討伐に関わることになっている。召喚された場所は、乙女ゲーム『☆聖女は痛みを引き受けます☆』の世界。遥は、このゲームをプレイ済みだった。乙女ゲームと銘打たれているが、その実態は RPG部分は妙に作り込まれていて、まるで作業ゲーのようにアイテムを集めなければならない。敵の魔王は圧倒的に強いが、特定のアイテムを全て揃えれば簡単に倒せる仕様になっている。問題は、その アイテム収集に膨大な時間がかかる ことだった。情報を集め、ダンジョンを探索し、一つずつ揃えていかなければならない。まるで作業ゲーのようなプレイ感 で、ゲーム部分だけ見れば妙に完成度が高かった。だが、ここまでがピークだった。魔王討伐を終えると、ようやく恋愛ゲームが始まるのだが――肝心の恋愛部分は手抜きで、頑張った報酬がしょぼい。どのルートを選んでも、似たような展開で、最後には必ずハッピーエンド。ライバルとの駆け引きもなければ、バッドエンドもない。攻略対象ごとの個性は薄く、スチルはやる気のない塗り絵のようなクオリティ。結果、ゲームとしては 「クソゲー扱いされている」 というわけだ。遥はゲームをクリアした経験があるからこそ、この世界のことを知り尽くしていた。そして何よりも――「コナリー・オブライエンとは絶対に契約したくない」これだけは、遥が強く望んでいたことだった。聖女の役目は、契約相手の傷の痛みを共有し、離れた場所から癒やすこと。そのため、契約相手の選択は 「いかに安全な相手を選ぶか」 にかかっていた。聖女たちは召喚された後、教会に閉じ込められ、「聖女の訓練」 を受けることになった。その中で、契約する騎士や王族たちの特徴を教えられ、彼らの戦闘スタイルや役割について学ぶ時間が設けられていた。そして、聖女たちは当然のごとく、最も安全な相手を選ぶよう指導された。王子や魔法使いといった 戦闘にあまり関わらない攻略対象 が人気となり、聖女たちはこぞって彼らを選んでいった。そして、教会の関係者が